多摩川のうぐいすとムクドリと菜の花

狛江の多摩川沿いでは、そろそろ桜も終わり。土手に並んだきれいな桜もゆっくりと散り始めている。

一方、河原では次は自分たちが主役だとばかりに菜の花が咲き乱れていた。

菜の花の満開の度合いというのはわからないが、河原が一気に黄色く彩られるので桜以上に力強く感じる。

毎年、桜と菜の花とどっちの方が先かな、と思いながら眺めている。今年はほとんど一緒の時期に咲き始めて、桜が散る頃に菜の花の範囲がぐんと広がった。

菜の花を見ながら歩いていたら、ちょうどうぐいすの声も頻繁に聴こえるようになった。

多摩川沿いには野鳥も多い。

でも、狛江の側ではあまりうぐいすの鳴き声が聴こえることはなく、うぐいすが頻繁に鳴いているのは登戸側。対岸からよく聴こえる。

うぐいすの鳴き声は三月の終わり頃から聴こえていたが、菜の花と一緒に活発になった。

少し前には多摩川から一本住宅街に入った通りの家の梅の木にメジロがとまって花をついばんでいた。

また、こんな鳥もいる。オレンジのくちばしとオレンジの足、白っぽい腰が特徴のムクドリ。

ムクドリはこの辺りでよく見る鳥の一種で、街中の公園などでも見ることが多い。

そのため最近は害鳥で迷惑がられることもあるが、昔は農耕の際に虫を食べてくれる益鳥として重宝された。

ムクドリについては、「騒音、糞害。ムクドリは悪い害鳥なの?ムクドリの本当の姿と人との関係」がとても勉強になった。

2019.4.14

大学で友達ができたきっかけ

ぼくは、鹿やイノシシは出ないが町を数軒のドラッグストアが支配しているようなぼちぼちの田舎の出身で、大学への進学とともに東京に上京した。

ぼくが通っていた大学は割と東京の都心にあり、少し電車に乗ればどこへでも行けるような場所だった。

もともと華やかな大学生活を期待していたわけでもなかったし、(考えすぎると抱え込んでつぶれるタイプでもあるので)ひとまずは卒業できたらいいな、といった気持ちで門をくぐった。

案の定、というべきか、ぼくはしばらく友達ができない状態が続いた。

ぼくには友達ができなかったが、なぜか早くも入学式やオリエンテーションの頃には友達ができている連中もいた。

大学にもクラスがあり、語学ごとにアルファベットのクラス名が与えられていた。

最初の授業の日、クラスの指定された教室に行くと、すでに愉快そうに自己紹介をし合っているひとたちがいる。

いつの間に彼らはそんなに仲良くなったのだろう、と当時は不思議に思った(一部は附属上がりの生徒たちで、もとから友達でもあったようだ)。

しかも、面白いことに自然の摂理のように“スクールカースト”ができている。

スポーツができそうな屈強な体格だったりイケメンで爽やかな男子たちと、華やかで可愛い女子たちがつるんで一つのグループを形成していた。

正直、羨ましいな、と思いながら、ぼくは毎日ひとりで大学近くのハンバーガーショップやラーメン屋で昼ごはんをとった。

学食のほうが安くてメニューも豊富だったけど、その頃のぼくは、ひとりで学食、という空気に耐えられなかった(まあ、今思えば、別にひとりで学食というのはそれほど珍しいことではなく、4年の頃には普通にひとりで行くことができた)。

 

大学で最初の友達(知り合い?)ができたきっかけは、授業の履修登録について尋ねたことだった。

小雨の降っていた帰り道のこと、同じクラスの3人組の男子が歩きながら話していたので、後ろから「あの、ちょっと聞いてもいいですか」と声をかけ、履修登録の方法などを尋ねた。

そのことがきっかけで、授業がかぶったときなどは彼らと話すようになった。

ただ、先ほども言ったように、一緒に昼食を食べるほどの関係性ではなかったので、確か三ヶ月くらいは一人でご飯を食べていたと思う(都会でひとりぼっちは気楽で寂しかった)。

それでも、学校で少しでも話せるひとができたことで、息苦しくさせる心の重しのようなものが取れた。

あとから整理してみると、大学で友達ができるきっかけとして、まずは人と話す環境に自分の身を置く必要があるなと思う。

サークル、アルバイト、少人数授業、その他趣味の習い事でもいいと思う。そこでひとりでも話せるひとができると、ずいぶん楽になる。

どうやら、入学式前の新入生歓迎合宿などに参加し、そこで一足先に“大学デビュー”を果たしているひともいたようだ。

ぼくは、サークルには入るつもりはなかった。「集団で一緒に」みたいなことが苦手だったし、そんな余裕もなかった。

だから、各サークルが主催する新歓コンパにも参加しなかった。サークルに入らないで友達をつくるというのは、今考えると結構ハードルが高いけど、無理して所属してもきっと途中でしんどくなったと思う。

ただ、もし好きなものがあるなら、少なくともサークルの新歓くらいは参加してみてもいいと思う。

ろくでもない飲みサーも多いので、特に女の子はその辺りは注意してほしいけど、たぶん今後の人生のなかで他人が自分に興味を抱いて色々と質問もしてくれる機会は、サークルの新歓くらいだと思う。

*くれぐれも飲みを強要してくるようなサークルは注意。空気云々は無視して断っていいし帰っても全然構わない。

 

ぼくがぐっとクラスに馴染めたと思ったのは、クラスのみんなでフットサルに行ったときのことだった。

色々な学年やクラスのひとが混ざって受ける大教室の授業で、教室の後方にクラスの大きな集団が座り、その横に、ちょっとだけその彼らと仲良さそうな人たちが座り、さらにその後ろにちょこんとぼくが座っていた。

彼らが、「みんなでフットサルに行こうよ」という話をしていた。そうなんだ、と思っていたら、ある爽やかなイケメン男子が、ぼくのほうをちらっと見てにっこり笑い、「行きませんか」と言ってくれた。

フットサルのことはよく覚えていない。久しぶりに運動したのは楽しかったけど、喋ったことのない男子と女子で緊張しっぱなしだった。

フットサルのあと、ちょっとした軽食のとれるレストランに入った。

そのとき、彼らはもう友人関係にあったので、まったく知らない謎のぼくに色々と話を聞いてくれるような状態になった。

そのとき、ずいぶんと盛り上がった記憶がある。

全員と話せたわけではなかった。でも、次第に、ああ、このひとはこういうタイミングで笑うんだなぁ、ということがわかってきて、同じタイミングで笑う人たちとは、今きっと同じ景色を見ているんだろうな、と思ったらなんだか嬉しくなった。

席が離れていて話せなかった人たちも、その笑い声で仲間だと思ってくれたらしく、それ以降「受け入れられた」という感覚を感じるようになった。

素直に嬉しかった。

帰り道、ひとりになってから地元の幼馴染に電話をした。「友達できた、話せるようになったよ」。

 

もちろん、友達ができたらできたで心労も多いけど、でも、楽しい思い出もたくさんできた。

それから、一度居場所ができるとリラックスして学生生活を送れるようになって逆にひとりでも平気になっていった。

授業で友達の友達と知り合うなど、その輪も徐々に広がっていった。

その過程で、家に泊まったり宅飲みをしたり恋愛の相談をしたり一緒にあちこちに行くような気の合う友達もできた。

みんなで一緒に、というのは相変わらず苦手だったので、自然体でいられる3人くらいでだいたい一緒にいることが多かった。

 

もう一つは、アルバイトも大きかった。

アルバイトでも、その後長く付き合う友達が一人できた。

バイトは家から割と近くの飲食店で行ったのだけど、一つ目は全然馴染めずに半年ちょっとで辞めた。

高校生可のアルバイトは鬼門だ、と当時ぼくは思った。仕事のできる女子高生たちが牛耳り、社内のテンションも彼女たちに合わせるように回っている。

次のバイトも同じく飲食だったが大学生や20代半ばのフリーターが中心だったので、話も合ったし、仕事をしていて学ぶことも多かった。

バイト終わりにラストのメンバーで軽くお店でお茶をしてから帰った。先輩も優しく、とても居心地がよかった。

 

大学に入って友達ができないと、焦ると思う。

周りが輝いて見えて、胸の奥に影が伸びて息苦しくなる。

 

ただ、ぼくが思うのは、みんなが眩しくて、一緒で仲良しに見えても、実際に内部に入ってみたら誰と誰が実は仲が良くない、みたいなことは普通にあるし、話してみて自分とやっぱり合わないな、と思うこともある。

でも、だからと言って、防衛本能で「くだらない」と腐りすぎないことも大事だと思う。

ぼくも、楽しい思い出だけじゃなく悲しかったり悔しい思いもしたけど、彼らと出会えてよかったし、勇気を出してよかったなと思う。

フットサルに行こう、と言ってくれた彼にはとても感謝だ。

あのとき素直に、友達がほしいな、という自分に嘘をつかなくてよかったと思う。

ぼくは友達がほしくて、でも、それほど媚びることはしなかったし、だけど「きっかけ」は大切にした。

それから、“コミュ障”な自分を変えたくて、「聞き上手のなり方」みたいな本も読んだ。

そりゃ、明らかな技術を使っているひとをみるとなんだか疲れるし、ほんとうに聞いているのかな、とも思う。でも、そのもがきを経験できたのも貴重な経験だったと思う。

最初から腐っていたらわからないことがたくさんあった。それはぼくにとってのかけがえのない財産になった。

友達ができないならできないなりに、工夫するのは無駄じゃないとおもう。

あと、結局このバランスが難しいのだけど、「孤独」を大切にする、というのも必要なことだと思う。

言い換えれば、それはきっと「今自分のすべきことをする」ということ。

趣味があるなら趣味に没頭する。四年間は、これをしよう、というのをひとつ決めてもいいと思う。

フィルムカメラを買って公園巡りをする、合気道や陶芸、イラストレーション、こういう機会がなかったらチャレンジしないだろうな、というのをひとつ続けるとよいと思う。

もちろん資格の勉強でもいいし、語学でもいい。「役に立つから」という理由ではなく、したいと思うことをするのが大切だと思う。

アルバイトも、これはぼく自身の反省を込めて言うのだけど、バイト仲間と仲良くなることよりも、まずは仕事をちゃんと覚えることに集中すること。

最低限の仕事ができてはじめてその空間の仲間になれる。

先輩に愛想を振りまいたり、社員さんに気をつかいながら、同時に仕事を覚えるのが難しければ、無口なひとだと思われても、まずはとにかく仕事のほうに集中すること。

これも結局は、自分のすべきことをする、ということで、友達というのはそのあとにできるものなんだと思う。

評論家の若松英輔さんが、ツイッターでこんなことを呟いていた。

人脈を広げよ。そんなことを言われて育った。だが、じつは、広げた人脈は、ほとんど人生に影響を与えない。人脈は、広げるのではなく、必要があれば「広がる」もので、むしろ、人間との関係は深めるものだ。本も同じだ。多くの本を読んだ。しかし、人生の友となる一書がなければ、それは少し寂しい。

出典 : @yomutokaku

ひととの関係は、「きっかけ」は大事にしたいけど、一方で、あえて広げにいっても仕方がないことでもあるし、変な傷を負うことも多くなる。

自分のすべきことに集中して、きっかけが自然と訪れたら一歩だけ勇気を持って踏み出してみて、気が合えば自然と近づくし、合わなければ次第に距離は遠ざかっていく。

むかしからよく言われる「ご縁」ってきっとそういうことなんじゃないのかな、と思う。

2019.4.9

多摩川の変態と蛇

桜まつりで賑わっている頃、多摩川沿いにひっそりとこんな掲示板が立っていた。

上の看板は蛇に注意。多摩川の草むらにはマムシが出るので注意しましょう、というもの。

気になるのはもう一つの看板、「不審者出没」。

中身を読むと、畑のなかで女性用の下着が竹にはさみ立ててあったと言う。

一瞬、蛇のイメージに引きづられて変態出没の話なのかな、と思った(春先だし)。

でも、よく考えてみると、この文言の意味がちょっとよく分からない。

下着を竹にはさみ立てる。

畑のなかに竹があり、その竹にはさむようにして放置している、ということなのかな?

女性が犯人かもしれないと考えると、別に変質者とも限らないのかもしれない。いずれにせよ不審者には違いない。

2019.4.8

こまえ桜まつりの写真

数年前から始まった、春に狛江で開催される「こまえ桜まつり」。

毎年桜の季節になると、一日だけ、多摩川沿いの根川さくら通りを歩行者天国にして桜まつりが開かれる。

休日で、お肉やポテトなどの出店も多いので、例年祭りの日がいちばん多摩川沿いの花見客も賑わう。

ぼくも去年に続いてふらっと祭りの様子を写真に撮ってきた。

多摩川沿いの桜も、この二、三日がピークと言った感じの満開で大賑わいだった。

こまえ桜まつり、歩行者天国

こまえ桜まつり

こまえ桜まつり

こまえ桜まつり、出店

2019.4.7

狛江の多摩川、桜は満開

狛江の多摩川沿いの桜はようやく満開。この春は寒さの影響で開花から満開まで結構な時間がかかった。

満開までの記録も途中で余裕がなくなって止まってしまった。

開花が3月21日。満月の夜で、それから16日でほとんど満開。多摩川の土手沿いをきれいに桜が咲いている。

写真は、①多摩川沿い、②西河原公園、③六郷さくら通り。

多摩川の土手

西河原公園

六郷さくら通り

昼前とは言え、休日にも関わらずそれほど花見客で混雑することもなかったし、昼の四時頃にもう一度だけ行ったときも、混んではいたけど座れないほどでもなかった。

ただ、明日はすぐ近くの根川さくら通りで桜まつりが開かれ、出店やイベントなどで賑わうので、今日よりはだいぶ混むんじゃないかと思う。

宿河原二ヶ領用水のほうも明日が桜まつりなので、たぶんどちらも大賑わいになると思う。

この春は桜をたくさん見たので個人的には満足の春。また頑張る。

2019.4.6