月別アーカイブ: 2019年3月

寒春

冬の続編のように寒い。

花冷えという言葉はあるし、この時期は多少寒くなるというのはあるが、これほど寒かったかな、というくらいの冷え込みが続く。

例年よりも暖かい冬は暖冬と言うが、寒春という言い方もあるのだろうか(寒春、調べると存在するらしい。「この春は寒春傾向にあります」なんて聞いたことはないが、れっきとした気象用語としてあるようだ)。

今日は、しばらくのあいだ東京で暮らしている母と少しだけ会った。

すっかり東京生活を楽しんでいるようで、自分の姉からもらったイヤリングを両耳につけ、イヤリングの先を指でちょんとつついて、「東京モード」と笑っていた。

一昨日は姉妹で目黒川の桜を見てから、自由が丘を散歩したと言う。

自由が丘はとても気に入ったようで、少しずつ東京の暮らしにも慣れてきたみたいでよかったなと思う。

それでも、やっぱり人の多さは疲れる、と言い、また人身事故の多さには眉をひそめていた。それから、東京で子育てをしているお母さんはたくましいね、と言った。一時間くらい話をした。

2019.3.29

0

美波「うち、メンヘラじゃないよ」by ツイキャス

最近よく聴いている歌手の一人に、美波という若いシンガーソングライターがいる。

本名なのだろうか、美波と書いて「みなみ」と読む。年齢は21歳で出身は埼玉県とのこと。

YouTubeでヨルシカの曲を流し、そのまま放っておいたら流れてきたのが美波の『ライラック』だった、というのが美波さんの曲を聴き始めたきっかけ。

若い突き抜けたメロディと声と歌詞が、切なくてかっこよかった。

美波『ライラック』

先日、『しゃべくり』に出演したフィギュアスケートの高橋大輔さんが、番組内でこの『ライラック』をおすすめしていたことでも話題になった。

美波さんが以前行なったツイキャスでは、多くのカバー曲も歌った。ツイキャスではカバー曲もよく歌う。RADWIMPSの『なんでもないや』や椎名林檎さんの『丸の内サディスティック』など、様々な曲をカバーしていた。

特に『丸の内サディスティック』がよかった(カバーアルバムも出してほしいなと思う)。

オリジナルソングを歌う前のトーク部分では、「悩む時期がたびたびあって」と言ったあとすぐ「うち、メンヘラじゃないよ」と言っていたのがなんだかちょっと面白かった。

2019.3.27

0

満月の夜、桜の開花

春分の日で、今夜は満月。東京では桜の開花宣言が行われた。

春の嵐のように風が吹き荒れていた。雨の予報だったものの、雨は降らず、暖かい春の風が吹いた。

昼に少しだけ両親と会った。

母の顔を久しぶりにちゃんと見て、ああ、年をとったな、と思った。

散歩でもいいから、動けるうちにちゃんとケアしないとだめだよ、と僕が言ったら、はいはい、と母は笑った。

父は移動で疲れたらしくベッドに横になっていた。

夜、イチローが最後の試合だった。ずっと好きな選手。『イチロー・インタビューズ』をよく読んだ。

イチローで思い出すのは、大学の卒業式。WBCの決勝の中継を友人のワンセグで、ときおり見ながら式に参加していた。

同じような学生も多かったらしく、イチローがあのタイムリーを打った瞬間、卒業式の会場がどよめいた。

そう言えば、あれも桜の季節だった。

2019.3.21

0

都会のイオンは小さい?

よく「田舎の蟻は大きい」と言われる。蟻だけでなく、植物も含めて自然界の生き物は、山などに行くとずいぶんと大きいことに驚かされる。

同じように、田舎のイオンも大きい。その地域一帯を制圧するくらいに巨大化している。

最近、実家の母が、父の仕事の関係で少しだけ東京暮らしをすることになった。

母は、初めての東京暮らしというわけではないが、前回東京で生活したのはもう遠い過去の話で、僕が生まれるよりもさらに以前のことだ。東京もすっかり姿形を変えた。

久々に東京に住んだ母は、都会の街が不安だと言い、まずは徐々に慣らしていく作戦をとった。

とりあえずイオンに行く、と母は得意げに言った。

地元でよく買い物をしていた場所なら安心するらしく、「ホームだからね」と笑った。

しかし、スマホの地図を頼りに、最寄駅から一番近くにあるイオンに行って母は驚愕したと言う。

イオンが小さい……!?

確かに、言われてみれば都会には巨大な「イオンモール」はないし、イオンのスーパーよりも、さらにもう一段階小さいコンビニのような謎のイオンも見たことがある気がする。

思っていたイオンと違った母は、結局ケーヨーD2でほっと一息ついたようだ。

2019.3.20

0

レジ袋からはみ出る「長ネギ萌え」

僕が子供の頃に読んでいた好きな漫画の台詞に、「ニューバラ好きに悪いひとはいない」という先入観に満ちた名言があった。

ニューバラとは、スポーツシューズのメーカの「ニューバランス」のこと。

僕は、その台詞と出会って以来、不思議とニューバラを履いているひとに好印象を抱くようになった。

この言葉とちょっと似ているかもしれないが、僕自身、密かに「徒歩なのに長ネギを買うひとに悪いひとはいない」と思っている節がある。

徒歩で長ネギを買うということは、たとえ長ネギが鞄やスーパーのレジ袋からはみ出るとしても長ネギを買いたい、と思ったということである。

店員さんの判断や店の都合でちょっと短めのレジ袋を渡されたら、それこそ「へなへな」と倒れ込んでこぼれ落ちそうになる。

周囲からも、「あ、長ネギを買っているひとだ」と明らかにバレる。

その恥ずかしさを耐え忍んででも長ネギを買いたい、というひとに悪者はいないはずだ。

表面上は別世界に住んでいるように見えても、出来合いの刻みネギではなく長ネギを購入したいという想いがあるなら、きっと通じ合えるものもあると思う。

実際、想像してみると実感できると思う。夜道、信号待ちをしているとき、反対側の歩道で待っている今風の身なりの若者のビニール袋から、全然収まりきっていない長ネギの上半分が出ていたら、妙にほっこりするはず。

仮に僕が長ネギをレジ袋からはみ出しながら信号待ちをし、向こうも長ネギをレジ袋からはみ出しながら信号待ちをしている状況になったら、たぶん、僕はだいぶ照れ臭く、こそばゆくなる。

早く青になれ、とも思うだろうし、誰かこの状況を斜め上の角度から写真に収めてくれ、とも思うかもしれない。

そして、信号が青に変わってすれ違いざま、思わず心のうちで “長ネギですね” と会釈さえしてしまうかもしれない。

ふとツイッターで検索したら、「長ネギ萌え」という言葉があった。

数自体は少ないものの、リュックやスーパーのビニール袋から顔を出す長ネギにギャップを感じてキュンとなると言うひとがいた。

スーツ姿に長ネギ、という組み合わせがいい、と呟いている女性もいた。

長ネギは納豆にも合うし、お味噌汁にも合う。鍋やラーメンに入れても見栄えが綺麗で、かつ「長ネギ萌え」もある。

長ネギブーム、到来するかな。

2019.3.18

0