月別アーカイブ: 2019年4月

平成最後の日

平成最後の日は低気圧で弱り、朝から体調が悪く、ずっと眠っていた。目覚めたのは12時過ぎで、それから親と少しだけ会った。

雨と曇りとが交互におとずれる。何度か嘔吐を繰り返した。

平成最後の日。

平成、という言い慣れた単語が、その時代のあらゆるできごとや思い出や悲しみや怒りとともに、これからは日が経つにつれて遠ざかっていくことが、ほんの少し悲しく思う。

2019.4.30

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マヒトゥザピーポー『かんがえるけもの』 / Apple Music

マヒトゥザピーポーのアルバム『不完全なけもの』収録の『かんがえるけもの』。

最近繰り返し聴いている曲。

テクノロジーによって人間が終わっていくディストピア的な歌詞が、すっとんきょうな明るい調子で歌われる。

amazarashiも、ときどきそういう歌を歌う。amazarashiの場合は告発の強さがあるが、マヒトゥザピーポーの曲には諦めの混じった不気味な笑みがあって、それが魅力。この曲は知久寿焼さんも参加。たまの哀愁漂う声のひと。組み合わせが絶妙だった。

歌詞の最後がよかった。移動中ずっと聴いている。

2019.4.25

 

曲の試聴。

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大学で友達ができたきっかけ

僕は、鹿やイノシシは出ないものの町を数軒のドラッグストアが幅を利かせているようなぼちぼちの田舎出身で、大学への進学とともに東京に上京した。

僕が通っていた大学は割と東京の都心にあり、地下鉄もJRも通り、少し電車に乗ればどこへでも行けるような場所だった。

もともと華やかな大学生活を期待していたわけでもなかったし、馴染めるとも思えなかった。とは言え、考えすぎると抱え込んでつぶれるタイプでもあるので、ひとまずは卒業できたらいい、と自分に言い聞かせながら門をくぐった。

案の定、しばらく友達ができない状態が続いた。

僕には友達ができなかったが、なぜか早くも入学式やオリエンテーションの頃には友達ができているクラスメイトもいた(大学にもクラスがあり、語学ごとにアルファベットのクラス名が与えられていた)。

最初の授業の日、指定された教室に行くと、すでに愉快そうに自己紹介をし合っているひとたちもいる。

いつの間に彼らはそんなに仲良くなったのだろう、と当時は不思議に思った(一部は附属学校上がりの生徒たちで、もとからの友達だったようだ)。

正直、羨ましいな、と思いながら、僕は毎日ひとりで大学近くのハンバーガーショップやラーメン屋で昼食。学食のほうが安くてメニューも豊富だったが、その頃の僕は、ひとりで学食、という空気に耐えられなかった(今思えば、別にひとりで学食というのはそれほど珍しいことではなく、4年の頃には普通にひとりで行くことができた)。

大学で最初に話せるひとができたきっかけは、授業の履修登録について尋ねたことだった。

小雨の降っていた帰り道のこと、同じクラスの3人組の男子が歩きながら話していたので、後ろから「あの、ちょっと聞いてもいいですか」と声をかけ、履修登録の方法などを尋ねた。

その質問がきっかけで、授業がかぶったときなどに彼らと話すようになった。

ただ、一緒に昼食を食べるほどの関係性ではなかったので三ヶ月くらいは一人でご飯を食べていた(都会でひとりぼっちは気楽で寂しかった)。

それでも、学校で少しでも話せるひとができたことで、キャンパスにいる時間を息苦しくさせていた心の重しのようなものが多少取れた気がした。

どうやら、入学式前の新入生歓迎合宿などに参加し、そこで一足先に“大学デビュー”を果たしているひともいたようだ。

僕は、サークルには入るつもりはなかった。「集団で一緒に」みたいなことが苦手だったし、そんな余裕もなかった。

だから、各サークルが主催する新歓コンパにも参加しなかった。サークルに入らないで友達をつくるというのは、今考えると結構ハードルが高いが、無理して所属してもきっと途中でしんどくなったと思う。

ただ、もし好きなものがあるなら、少なくともサークルの新歓くらいは参加してみてもいいと思う。

今振り返って思えることとしてアドバイスできるとしたら、大学で友達をつくるには、もし可能なら、まずは人と話す環境に自分の身を置くこと。サークル、アルバイト、少人数授業、その他趣味の習い事でもいい。そこでひとりでも話せるひとができると、ずいぶんと楽になって心に余裕ができる。

と言っても、ろくでもない飲みサーも多いので、特に女の子はその辺りは注意してほしい。でも、たぶん今後の人生のなかで他人が自分に興味を抱いて色々と質問もしてくれる機会は、サークルの新歓くらいだと思う(*くれぐれも飲みを強要してくるようなサークルは注意。空気云々は無視して断っていいし帰っても全然構わない)。

さて、僕の大学生活では、その後、ちょっとした転機が訪れた。僕がぐっとクラスに馴染めたと思ったのは、クラスのみんなでフットサルに行ったときのことだった。

その日、色々な学年やクラスのひとが混ざって受ける大教室の授業を受けていた。教室の後方にクラスの大きな集団が座り、その横に、ちょっとだけその彼らと仲良さそうな人たちが座り、さらにその後ろにちょこんと僕が座っていた。

彼らが、「みんなでフットサルに行こうよ」という話をしていた。そうなんだ、と思っていたら、ある爽やかな男子が、僕のほうをちらっと見てからにっこり笑い、「行きませんか」と言ってくれた。

一瞬悩み、行くことに決めた。

フットサルのことはよく覚えていない。集団で東京の街を移動したことや久しぶりに運動したことは楽しかったが、喋ったことのない男子と女子で緊張しっぱなしだった。

フットサルが終わったあと、ちょっとした軽食のとれるレストランに入った。

レストランでは、僕以外のメンバーは友人関係にあったので、まったく知らない謎の僕に色々と話を聞いてくれるような状態になった。

そのとき、ずいぶんと盛り上がった記憶がある。

全員と話せたわけではなかったが、次第に、ああ、このひとはこういうタイミングで笑うんだなぁ、ということがわかってきた。同じタイミングで笑う人たちとは、今きっと同じ景色を見ているんだろうな、と思ったらなんだか嬉しくなった。

席が離れていて話せなかった人たちも、こっちの席の笑い声で仲間だと思ってくれたらしく、それ以降「受け入れられた」という感覚を感じるようになった。

素直に嬉しかった。

帰り道、ひとりになってから地元の幼馴染に電話をした。「たくさん友達できた、話せるようになったよ」

もちろん、友達ができたらできたで心労も多かったが、かけがえのない思い出もたくさんできた。それから、一度居場所ができるとリラックスして学生生活を送れるようになって逆にひとりでも平気になっていった。

授業で友達の友達と知り合うなど、その輪も徐々に広がっていった。その過程で、家に泊まったり宅飲みをしたり恋愛の相談をしたり一緒にあちこちに行くような気の合う友達もできた。みんなで一緒に、というのは相変わらず苦手だったので、自然体でいられる数人くらいで行動することも多かった。

また、大学以外では、アルバイトの存在も大きかった。アルバイトでも、その後長く付き合う友達が一人できた。

バイトは家から割と近くの飲食店で行なった。一つ目は全然馴染めずに半年ちょっとで辞めた。高校生可のアルバイトは鬼門だ、と当時僕は思った。仕事のできる女子高生たちがバイト内の空気の主導権を握り、社内のテンションも彼女たちに合わせるように回っていた。

次のバイトも同じく飲食だったが、大学生や20代半ばのフリーターが中心だったので、話も合ったし、仕事をしていて学ぶことも多かった。

バイト終わりにラストのメンバーで軽くお店でお茶をしてから帰った。先輩も優しく、とても居心地がよかった。

 

大学に入って友達ができないと、焦ると思う。

周りが輝いて見えて、胸の奥に影が伸びて息苦しくなる。

 

ただ、僕が思うのは、みんなが眩しくて、一緒で仲良しに見えても、実際に内部に入ってみたら誰と誰が実は仲が良くない、みたいなことは普通にあるし、話してみて自分とやっぱり合わないな、と思うこともある。

でも、だからと言って、防衛本能で「くだらない」と腐りすぎないことも大事だと思う。

僕も、楽しい思い出だけじゃなく悲しかったり悔しい思いもした。でも、彼らと出会えてよかったし、勇気を出してほんとによかったなと思う。

フットサルに行こう、と言ってくれた彼とも、卒業後に疎遠になり連絡はとっていないが、今でもとても感謝している。

あのとき素直に、友達がほしいな、という自分に嘘をつかなくてよかった。

僕は友達がほしくて、でも、それほど媚びることはしなかったし、だけど「きっかけ」は大切にした。

それから、“コミュ障”な自分を変えたくて、無駄と言われるかもしれないが、「聞き上手のなり方」みたいな本も色々と読んだ。そりゃ、明らかな技術を使っているひとをみるとなんだか疲れるし、ほんとうに聞いているのかな、とも思う。でも、その「もがき」を経験できたのも貴重な経験だった。

最初から腐っていたらわからないことがたくさんあった。それは僕にとってのかけがえのない財産になった。

友達ができないならできないなりに、工夫するのは無駄じゃないと思う。

あと、結局このバランスが難しいのだけど、「孤独」を大切にする、というのも必要なことだ。言い換えれば、それは「今自分のすべきことをする」ということでもある。

趣味があるなら趣味に没頭する。多少はつまづいても、四年間は、これをしよう、というのをひとつ決めてもいい。

フィルムカメラを買って公園巡りをする、合気道や陶芸、イラストレーション、こういう機会がなかったらチャレンジしないだろうな、というのをひとつ続けるとよいと思う。

もちろん資格の勉強でもいいし、語学でもいい。「役に立つから」という理由よりは、「したい」と思うことをするのが大切だと思う。

四年続ければ、大抵は形になる。形になるものが一つでもあれば、その後の人生を大きく変えてくれる。

アルバイトも、これは僕自身の反省を込めて言うのだが、バイト仲間と仲良くなることよりも、まずは仕事をちゃんと覚えることに集中することが大事。

最低限の仕事ができて、はじめてその空間の仲間になれる。

先輩に愛想を振りまいたり、社員さんに気遣いながら、同時に仕事を覚えるのが難しければ、無口なひとだと思われても、まずはとにかく仕事に集中したほうがいい。

これも結局は、自分のすべきことをする、ということで、友達というのも、そのあとにできるものだと思う。

 

文芸評論家の若松英輔さんが、ツイッターでこんなことを呟いていた。

人脈を広げよ。そんなことを言われて育った。だが、じつは、広げた人脈は、ほとんど人生に影響を与えない。人脈は、広げるのではなく、必要があれば「広がる」もので、むしろ、人間との関係は深めるものだ。本も同じだ。多くの本を読んだ。しかし、人生の友となる一書がなければ、それは少し寂しい。

出典 : @yomutokaku

ひととの関係は、「きっかけ」は大事にする一方で、あえて広げにいっても仕方がないことでもあるし、変な傷を負うことも多くなる。

自分のすべきことに集中して、きっかけが自然と訪れたら一歩だけ勇気を持って踏み出してみて、気が合えば自然と近づくし、合わなければ次第に距離は遠ざかっていく。

むかしからよく言われる「ご縁」ってきっとそういうことなんじゃないのかな、と思う。

2019.4.9

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