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木とピンクリボン

多摩川の土手沿いを歩いていると、樹木の幹にピンク色のリボンが括ってあった。

夕暮れどきの薄暗い世界に、ピンク色の紐がちょこんと見えた。

一体なんだろう、と思っていると、その近辺に小さな看板が立っていた。看板には、土手沿いの木の伐採予定に関する記載があった。

堤防の安全管理のためとのことで、場所はこの一画とあった。伐採予定の木には目印として「ピンクリボン」が縛ってあり、2月中旬以降に開始されると言う。

2019.2.18

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雀の冬

よく晴れた元日の朝、近所を散歩していたら雀たちの鳴き声が聴こえてきた。ほっとする。

雀は渡り鳥ではなく、冬でもこれまでと変わらない生活を送る。羽根を蓄えて冷たい冬の空気をしのぐ。そのため雀は夏に比べるとぷっくら太って見える。

夏と冬の雀を比較した写真を見ると、笑っちゃうくらいに膨らんでいて可愛い姿をしている。

また、冬になると雀は集団生活もするようになる。集団で暖をとって、みんなで餌を探す。雑食性で、木の実から虫、イネ科の植物、人間の残飯までなんでも食べる。

ただ、冬には餌も少なくなるので、多くの若い雀たちが冬を越えられずに亡くなってしまうそうだ。

彼らは渡り鳥として遠くに行ってしまうわけでもなく、冬眠するわけでもなく、今までと同じ場所にとどまり、命がけで越冬する。

東京では雀が激減している、という話もある。でも、僕の住んでいる街ではまだ雀が暮らしてくれている。

冬の乾いた空気が、雀の鳴き声に潤される。

2019.1.2

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平成最後の大晦日

色々な場所で「平成最後」が踊った今年、大晦日がもっとも「平成最後」という言葉がしっくりくる。

この一年は、個人的にはそれほど悪い年じゃなかったと思う。苦しいこともありながら、でも、確かな一歩も踏み出せた。

遠くに揺れるおぼろげな旗に向かって、ゆっくりとでも歩んでいけたらいいなと思う。

ポルノグラフィティの昔の曲に『ダイアリー 2000/08/26』という曲がある。『サボテン』のカップリング曲。

この曲が好きで、ときどきよく聴く(“ときどきよく聴く”ことが多いというタイプの好きな曲)。

大人になっていくことの悲しみを歌った歌。

「大事な守るべき何かなくしていたら、そっと教えて」

「汚れた手でギターを触っていないかな?」

「たった一つの音にさえ真実があるんだよ。それを追いかけてここまで来たんだけど、僕のはどうかな?」

その“ときどき”がちょうど今日で、この曲を繰り返し聴きながら歩いていたら、なんだか無性に感傷的な気分になった。

 

 

おつかれさま。
また来年。

2018.12.31

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年末の多摩川

年の暮れ。マフラーをぐるぐると巻いて多摩川の土手を歩いた。

夕焼け空がきれいで、今日が大晦日だったらいっそうきれいだっただろうなと思う。

正月の予行演習なのか、河原で凧が上がっていた。冷たい冬の風に煽られ、淡い夕焼けにうっすらと影が揺れている。

土手では、多摩川の向こうに広がる夕焼けにスマホやカメラのレンズを向けている人たちがいた。

一人だけ、散歩中の愛犬を一生懸命撮っているおじさんがいたのが可愛かった。

ゆっくりと橋を渡っていく人影、澄んだ空気で遠くに富士山も見えた(写真ではうまく撮影できなかった)。

寒い、寒い。

夜、実家から届いたゆずを湯船に浮かべた。年末の匂いが立ち込めた。

2018.12.30

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夜の多摩川

夜の多摩川(和泉多摩川)は、街灯がほとんどなく、びっくりするほど暗い。

土手は多少民家の灯りも届くので歩けるが、河原のほうに向かえば、ほぼ何も見えない。人通りもそれほど多くはない。ときどき仕事帰りのひとたちが歩いていたり、ランニングをしているひととすれ違う。

狛江に住んでいると言う美容室の美容師さんが、夜になると多摩川沿いを走っていると言っていたが、たとえ知り合いでも暗くてお互いに気づかないと思う。

夜の多摩川を歩くことはそれほど多くはないが、夜道の暗さは、治安的に危ないというよりも、背後から抜いていく自転車とぶつかりそうで怖かった。

ただ、土手が暗いぶんだけ、遠くの灯りがまばゆくきれいに見えた。

夜空の星はぽつぽつと見える程度だが、家々やマンションの灯りは優しいし、小田急線の列車の窓からこぼれる連なった光も銀河鉄道みたいだった。

写真の下二枚は、和泉多摩川商店街。ちょっぴり寂しげ。

まもなく冬の寒波が襲来するらしい。一気に冷え込む。寒さに耐えて、最後、2018年を乗り切る準備をする。

そういえば昼間、どこからかおばあさんの「よいお年を」という声が聞こえてきた。

2018.12.27

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