東京の一人暮らしと孤独

東京の一人暮らしは寂しいと言われる。東京は孤独だ、というのは数多くの曲や映画でも自明のこととして描かれてきた。

僕の「東京」のイメージと合っている音楽はplentyの『東京』、映画だと黒沢清の『トウキョウソナタ』だ。冷たくて、静かで、その静寂のなかにほんのりと悲しみに似た優しさがある。

僕は、故郷の田舎町から大学進学を機に上京して以来、東京での一人暮らし生活を送ってきた。もう結構な年月になる。

もともと家族や田舎の干渉的な空気が窮屈で苦しかったこともあったため、まだ10代だった僕には東京はとても広々として呼吸がしやすかった。

東京は、行き交う人々や建物は多くても、基本的に誰も他人に興味がないから、そのぶんだけ透明になれる。

もちろん、孤独感や不安に襲われたり、たまらなく心細く寂しい夜もあった。

それでも、やはり一人というのは気が楽だし、家の鍵をかけ、布団にもぐって、この世界には今自分一人だけなんだと思うと不思議と安心した。

寂しい気持ちや孤独さには大きく分けて二種類あると僕は思う。一つは、集団のなかの寂しさや孤独、もう一つは、ひとりぼっちの寂しさや孤独。

たぶん、この二つは別々の感情ではなく順序なんだと思う。

まず、集団のなかの寂しさや孤独がある。それは街の雑踏やきらきらしたイルミネーション、いつかの思い出、テレビやSNSの賑やかで愉快な光の世界の「影」として現れる。

眩しさをともなった寂しさになる。

もう一つの孤独や寂しさは、その後に襲来する。静かな暗い穴がすっとこちらを見つめているような心細さに襲われる。

それは光から逃げ帰ったあとの残響のようなものなのかもしれない。

だから、寂しい夜に寂しさを解消しようとして光に手を伸ばすと、余計に苦しく、悪循環にはまることがある。

むしろ、もっと静かな世界に浸ったり、寂しい文学や音楽、映画などに触れているほうが落ち着く。

寂しさは、美しい寂しさと触れ合うと相殺されるように和らいで薄らぐ、という特性を持っている。

確かに、一人暮らしは寂しい。でも、しっかりと「寂しい」に触れられる静けさと出会えるのもまた、一人暮らしのよさだと思う。

2019.1.4

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